職人紹介

イメージイメージ

全国でただ一人、関東流「清忠」の技を持つ長崎達雄

イメージ

二代目清忠

長崎 達雄
1953年生まれ
初代清忠の銘を25歳で受け継ぐ。
全国で関東流を貫く、唯一の存在。
1953年
東京都江戸川区に生まれる
1967年
長崎竹刀製作所にて父・保高に師事を受け竹刀造りを始める
全て手作りで一日平均230本、職人6人で月5,000本の竹刀を製作
連日、武道具店が竹刀を買い付けに並ぶ程の盛況ぶり
1970年
父・保高が竹刀製作指導者として台湾へ。海外での竹刀製作の基盤を作る
1972年
棚橋清次郎氏に師事を受け、二年間に及ぶ竹刀修行の後「清忠」の銘を拝命される
1974年
兄・長崎高志と江戸川武道具開業(江戸川防具の前身)
1975年
宇都宮の田代武道具にて面の仕立てを修行
宇田川武道具出身で剣道具製作の名人、佐藤職人に針の使い方やアゴの造り、胴の仕立等、防具全般を修行
198X年
台湾での竹刀製作の量産化進み軌道にのり、日本での竹刀製作の衰退
1985年
六三四の剣が放送開始 剣道人口のピークを迎え、年間180万本の竹刀が生産される
198X年
朝のTV番組ルンルンあさ6生情報、ズームイン朝・「朝の詩」内で特集される
2000年
中国竹育有限公司に竹刀製造販売の指導員として4年間在籍
年間20~25万本の竹刀を生産するまでに立て直す
2004年
帰国後タイヨー産業にて竹刀製作及び竹刀・防具の販売 タイヨー武道具店を立ち上げる
2011年
西日本武道具入社 竹刀製作販売 フィリピン工場・中国三信工場での防具開発及び販売
2014年
東山堂入社 ミツボシ久慈工場の工場長を務める 中国大光工場での防具開発
天の胸型設計、峰謹製の企画開発(6層仕込み布団考案等)
2017年
久慈物流センター内で竹刀製作
2020年
江戸川防具入社 竹刀加工、面仕立て・胴仕立てなど多方面で活躍 現在に至る

竹刀屋の歴史

イメージ
先代 義次 長崎保高

イメージ

明治後期、東京・菊川町(錦糸町~両国の間)に岩崎氏(国義)が親方として製造していた竹刀屋があった。そこに、長崎万次郎(初代義次)が弟子入りしたのが始まりである。当時、岩崎氏の下に10名以上の弟子がいたとされるが、その中に後に名人と言われる竹刀職人の寿・清忠がいたのである。

感謝状その後、長崎万次郎が独立し、長崎保高(二代目義次)が昭和7年、15歳の時に弟子入りし、修業を経るが、戦争が始まり、一時閉店となった。

終戦後、保高が独立し開業したのである。

また保高(二代目義次)は昭和45年頃、台湾へ竹刀の技術指導者として渡り、今日の竹刀産業の礎となった人物であるといえる。

江戸川防具について

イメージ

昭和48年開業
長崎保高(二代目義次)の長男高志が、防具製造・販売を始める。

メディアに紹介されました

  • 199x年2月11日
    日本テレビ ルンルンあさ6生情報
    ザ・仕事師 竹刀-竹刀にかける親子鷹-

    56K512K

  • 199x年
    日本テレビ 朝の詩(ポエム)
    「下町の名工たち」

    56K512K